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:::遊星人:::
「学生が聴く、日本の惑星探査の過去・現在・未来」第4回
The planetary explorations of Japan, interviewed by students.
:::MUSES-Cの大いなる挑戦〜世界初の小惑星サンプルリターンへ向けて〜:::
日本惑星科学会誌「遊星人」 Vol.11.No.2,p119-128,2002
日本惑星科学会将来検討委員会、惑星探査検討グループ


川口先生 4回目を迎える本企画では,打ち上げが目前に迫った宇宙科学研究所の小惑星探査計画,MUSES-Cを取り上げます.MUSES-Cは日本初のサンプルリターンミッションであり,また小惑星からのサンプルリターンは世界初となるミッションでもあります.推進系にも電気推進を利用し,自律航法や惑星間軌道からのリエントリーカプセルの回収,小惑星へのタッチダウンなど,理学としての目的を達成するために,工学的に様々な先端プログラムを採用した極めて宇宙研的な野心的探査計画です.
 これまでインタビューワーは理学の学生の方にお願いしてきたのですが,今回は工学分野(軌道設計)を学ばれている中谷さんにお願いをいたしました.インタビューには,MUSES-Cのとりまとめをされている宇宙研の川口先生にお答えいただきました.川口先生も工学を御専門とされており,工学vs工学のインタビューの中に,理学と工学ががっぷり4つに組んでミッションを組み立てる宇宙研の工学分野ならではの御意見を御聞きすることが出来た面白い記事に仕上がっています.
本稿がこれから惑星探査の門に進まれるすべての方の参考になれば幸いです.

1.MUSES-Cについて
 2002年11~12月に世界初の小惑星サンプルリターンミッションを盛り込んだ工学実験宇宙機MUSES(Mu Space Engineering Spacecraft)-CがM-Vロケット5号機によって打ち上げられる予定であり,日本のみならず世界からも注目を集めています.MUSES-C計画は,宇宙科学研究所が進めているM(ミュー)タイプのロケットで打ち上げる工学実験宇宙機の第3番目のもので,1996年から実施されているプロジェクトです.過去のMUSES計画としては,「MUSES-A(ひてん)」,「MUSES-B(はるか)」があり,それぞれ月の多重回スイングバイ,大型展開アンテナ技術の実証を行いました.
 今回のMUSES-Cでは大きく分けると下記の4つの工学技術を実証することが目的です.
 1) 惑星間空間における主推進機関としてのイオンエンジンの利用.
 2) 光学情報を用いた自律的な航法,誘導,制御技術.
 3) 微小重力環境下における試料採取技術.
 4) 高速再突入カプセルによる試料の直接地上回収.
他にも,二液小推力スラスタ,Xバンド超遠距離通信,CCSDS(Consultative Committee for Space Data Systems: 宇宙データシステム諮問委員会)完全準拠のテレメトリ/コマンド仕様,電力節約ヒータ制御などの幾つかの新規技術も試されます.
 以上のように,MUSES-Cは新規の工学技術を実証するための宇宙機ではありますが,同時に重要な科学ミッションを行うための深宇宙探査機です.MUSES-Cはその探査対象を近地球型小天体1998 SF36としており,日本で初めての小惑星探査が行われます.この探査は接近観測だけに留まらず,その表面から試料の採取を行い,地球に持ち帰る「サンプルリターン」が試みられます.小惑星からのサンプルリターンは世界でも始めての試みであり,先に述べた工学技術を応用して地球外天体からのサンプルリターンシステムの実証を行います.

2.インタビュー
打ち上げまであとわずかに迫ったMUSES-C計画について,同計画のプロジェクトマネージャである宇宙科学研究所の川口先生に伺います.
(()内は編集注)


■MUSES-Cの現状と打ち上げまでの流れ■
MUSES-Cの現状と今後の計画等はどのようになっているのでしょうか?
現状は,去年の12月に総合試験がスタートして,3月の上旬で一旦休みに入っています.休みというのは4月下旬までの間で,RCS(Reaction Control System)といった化学推進系の配管の艤装作業をするために別の場所に移しているからです.

その後はまた試験が続くのですか?
4月の下旬に再び宇宙機の部品が宇宙研に戻って来て,そこから全部を組み上げて環境試験が始まります.環境試験というのは振動・衝撃・熱真空試験(スペースチャンバー内に探査機を入れ,宇宙環境と同じ温度・真空環境を再現して動作確認を行う試験)で,それらを全部行うと大体終わりです.その後,鹿児島の内之浦にある射場に運んで打ち上げます.

■計画段階の事■
数ある太陽系天体の中で探査対象を小惑星としてこのようなミッションを行う事になった経緯を教えて頂きたいのですが?
小惑星にした経緯は理学的な話の方が大きいですね.小惑星というのは始原天体で原始太陽系の初期状態を残す化石のような天体です.ですから,理学ではよく言われていると思いますけど,彗星・小惑星というものを見る事が太陽系の起源の解明に繋がるというのが普通の説明ですよね.一方,月や火星のような大きくて分化した天体は,既に色々な探査が進んでいますからね.それから,始原天体や小天体以外のサンプルリターンというのは工学的に実施が難しいですね.これは大きな重力のある天体は降下速度やロケット噴射の量が大きくなるという事が背景にあります.

当初はSOCCERという彗星探査がMUSES-Cの前身という事を伺ったのですが?
SOCCERがMUSES-Cの前身であったという事は違いますね.SOCCERはMUSES-Cとは全く別に検討していた探査計画で,彗星塵のサンプルリターンを考えていました.この構想はアメリカのスターダストに引き継がれています.小惑星に関してもっと前にあった話は,1990年くらいに小惑星のランデブー計画というものがあって,それは電気推進ではなくて,ランデブーを化学推進で行うといった,工学の宇宙機計画として考えていた時期があります.結局は,実現はされなかったんですけども,そのアイディアはNASAに盗まれて,(2000-1年に小惑星エロスをランデブー探査した)NEARシューメイカー探査機になった.これはほんとに本当の話です(笑).だから,90年代の宇宙研の探査計画・工学計画として,小惑星のランデブー,金星バルーン,月面ローバーの3つがあったんです.という訳で,SOCCERとは別です.

このミッションは世界初の小惑星サンプルリターンという事になりますが,接近観測では不十分という事で,サンプルリターンミッションを行う事になったのでしょうか?
探査の仕方はその場観測もあれば,サンプルリターンという考え方もあります.両者にはそれぞれ一長一短があります.その場観測は,分析装置を積んで行ってその場で分析して答えを出す.メリットはそこでミッションは終わりで,地球に戻って来るまで飛行を続ける必要は無いという点ですね.そこからデータを送信してもらえれば良い.つまり,ミッション期間が短い訳です.デメリットは大掛かりな分析装置を運べないという事,分析した結果はテレメータでしか分からない,持って行く装置の分解能が低いものに成らざるを得ない,途中でこういう事をすれば良かったのにと思ってももはや何も新しい事は出来ない,といった事があります.
サンプルリターンの方は逆に,地球に帰って来なければならないので当然,飛行時間が長くなりますよね.地球に帰って突入して回収するところは冒険な訳ですけどね.しかし,一旦試料回収に成功すれば,ほんの微小な量があれば,地上の観測装置を使って基本的に何でも出来る.分析装置が進歩すれば後々どんな解析でも出来る.途中で考えが変わって,新しい事を調べたくなった時にも出来る.サンプルリターンの方が色々な展開が可能であると思っています.

■計画を進めて行く中で■
探査対象の小惑星が最初のネレウスから1989 MLへ,そして現在の1998 SF36に変わっていった理由を教えて頂きたいのですが?
それはやむをえず変えている訳です.現在,小惑星というのは計画を始めたときに比べて発見数が3倍くらいに増えています.地球接近小惑星は探査機が比較的行きやすい天体で,ネレウスは初期の頃に見つかった天体です.比較的行きやすいといっても探査機を飛ばして更に地球に戻すのは結構難しいのです.大きな増速度と減速度が必要ですからね.当初からそこへ行くのはぎりぎりでしょうと言われていました.
MUSES-Cで使う工学の道具はみんな新しいものばかりなので,作ってみないと,どのくらいの重量に収まるのか見当がつきません.実際に作ってみて重すぎたら打ち上げられない,という事もあり得るので,ネレウスが探査候補だった時には計画が頓挫しないようにバックアップ天体を置いていたのです.そのバックアップの天体が1998 MLという訳ですね.当初の計画では6年間で探査天体を往復する事になっていましたが,PM(Proto Model)の開発が終わった割と早い段階で,探査機の重量的に対象は1989 MLにしかならないという事が分かりました.この時点で探査機を作る上では問題はなかったのですけども,2000年のAstro-E用ロケットの打ち上げトラブルで打ち上げのスケジュールが全部シフトしてしまったのですよね.惑星探査というのは打ち上げのウィンドウがすごく限られているので,半年ずらしてしまうと違うターゲットしか無いのです.もしもターゲットが見つからないと何年も待つことになり,何年も待てば元のターゲットには行けますがあまりにも先になってしまうので,手近なターゲットを改めて探し直した,というのが理由です.

ということは,軌道計算を行ってロケットの打ち上げ能力を満たすところに天体があって始めて探査を行うという事になるのでしょうか?
基本的に考え方はそうです.申し訳ないけれども理学的な関心が高いからと行っても,工学的に考えてみてそこに行ける探査対象は多くないのです.これは多分,どの国がやっても同じ事だとは思います.サンプルリターンは加速・減速がたくさんあるので,普通の推進方法では無理です.化学推進ではせいぜいランデブーまでしか出来ません.ランデブーの後にもう一回地球に戻って来るには,とても燃料が足りなくなります.ですからMUSES-Cは電気推進になったのです.もしこれを無理に化学推進で行っていたら,おそらく燃料ばかりを積んだ探査機を打ち上げなければならなかったでしょう.
一方イオンエンジンをもってしても,1万個発見されている小惑星の中で訪問しやすい天体は数個,何とか行けそうなのも入れても10個程度なので,実は選択の余地はあまり無いです.特に,現在打ち上げ可能な(500kg〜1tぐらいの)探査機のサイズに限って言いますと,今はあまり選択の余地は無いと思います.今後イオンエンジンの使い方・技術が進歩すれば,徐々にその範囲が広くなるでしょう.しかしそれでも10個を100個にすることは難しく,せいぜい10個を20個にする位でしょうか.次回の小天体探査では,その中で一番行きたいのはどこかを議論する事になると思います.

このミッションは工学試験ミッションであると同時に重要な科学ミッションでもあるのですが,計画を進めて行く中で最新の工学技術を生かしつつ,最大の理学成果を得るために苦労なさった点は?
基本的に私たちの主目的は惑星探査なのですが,同時にそのために必要な技術開発もしているのです.技術開発のためだけならば,縮小スケールのものを打ち上げるとか,地球の周りで飛んでいるだけで良いということになるかもしれません.しかし実際は,将来の惑星探査に必要な技術なのであれば,やはり実際に太陽系天体に行ってデモンストレーションをしなくては意味が無いだろうと思っています.つまり,新しい技術がたまたまあるからそれを使う矛先を探したという話ではないんです.ですから,固体天体の表面に着陸して試料採集することは世界で初めてであり,それをやるために必要なものを用意する.そういうアプローチでMUSES-C計画が進められてきたので,サイエンスペイロードもちゃんと積まれているのです.

このミッションには重要な4つの主となる新技術,電気推進の利用,自律誘導航法,微小重力下での試料採取,そして惑星間軌道からの直接大気再突入というものが導入されることになります.その中で電気推進に関しては先ほどおっしゃられたことが利用の理由だと思いますが,自律誘導航法,微小重力下での試料採取については,実際に行う際の難易度をどのようにお考えでしょうか?
自律の航法誘導に関する試験は難しいです.なぜなら,地上で実際の小天体の環境やスケールに合わせることがなかなかできないからです.MUSES-Cが探査対象の小惑星に接近・降下して着陸する時,地球までの距離は2AUもの遠く(編集注:往復伝搬遅延時間は約34分になります)になりますのでリモートコントロールは基本的にありえず,やむをえず自律航法にならざるを得ません.光学情報をもとにした自律的な制御は仮定の話としては出てきますが,なかなか理屈通りには行かないで現実に使うまでに至らないのです.MUSES-Cでもシミュレーションはたくさんやっているのですが,本当に上手くいくかどうかは,小惑星側の光の当たり具合や反射率など様々なファクターに依存しています.大きなチャレンジだと言えます.
 微小重力下での試料採集は,将来の発展性という意味では他の3つに比べれば1つだけごく狭い範囲で特化している話です.微小重力下でなければこの話は関係無くなってしまいますから.この種のサンプルリターンは,MUSES-Cで先鞭をつけた後も,似たような計画を何回か続けなくてはならないという理学的な理解から支えられています.確かに微小重力では表面にしがみついて掘るわけにはいきませんから(笑),新しい試みであります.ただし,この部分は探査機が小惑星表面に上手く接地さえ出来れば,試料採集事態はすでに地上試験でいくらでも実証されていますので問題はないと思います.

直接大気再突入に関しては,軌道計算と実際の飛行では誤差があると思うのですが?
地球に戻ってくる場合の再突入や軌道はあまり問題ないと思っています.過去に「さきがけ」,「すいせい」,「のぞみ」,「ひてん」らの地球接近時の様々な経験がありますからね.精度については,地球に戻ってくる場合は問題なく数百mの範囲でコントロール出来ると思います.軌道計算で難しいとよく言われるのは,他の天体に入っていく時です.現在考えられる問題は軌道よりも再突入時の空力加熱環境の部分ですね.

では,その空力加熱に関して,日本での再突入の実際の飛行経験はOREXとHYFLEXのみだと思うのですが?実際にMUSES-Cのカプセルが突入する上でデータ不足や不安要素は無いのでしょうか?
それは無いと思っています.MUSES-Cカプセルについてはもちろん相模原でも試験していますし,NASAのエイムズ研究センターの加熱風洞でも試験しました.実験後,現地の専門家にどのくらいの完成度かという見解も聞いたところ,耐熱材料の開発に関しては完成していると言われました.不安要素があるとすれば,打ち上げから地球帰還まで4年半もの間宇宙環境に晒し続ける訳ですから,その期間の材料の劣化等についてです.まあこれについては誰も分からないと思いますが.

MUSES-Cには当初NASAのローバーを載せる予定だったと思うのですが,それが中止になって,宇宙研のミネルバに変更した経緯について教えて頂きたいのですが?
中止になったのはNASA側の事情でして,まずは経費の問題です.予想外にお金が掛かるようになって来たので,それに投資するのはどうか,という議論の結果,中止することになりました.もう1つは,開発段階でローバーの重さが増え続けていったことです.一方,当初ミネルバは探査機全体の重量に余裕があれば載せるオプションとして準備して来ました.しかしNASAローバーが無くなった段階から,小惑星表面の直接観測を行うためにも,是非積んで行かなくてはならないだろうという判断に変わりました.

現状でのNASAとのgive and takeはどうなっているのでしょうか?NASAのローバーを搭載する代わりに何らかの取引はあったと思うのですが,それが中止になった現状では技術交換や施設の利用や試料の提供等の取り決めはあるのでしょうか?
サイエンスの協力関係はもちろんあります.何と何とがバーター(相互交換)になっているというのは大変難しいのですけが,例えばローバーを運ぶと事との取引は,NASAの深宇宙通信網を使用させて貰う事ですね.別な取引としては,採取試料の質量の10%をNASA側に提供するという話があります.この話しは元々,探査対象がネレウスか1989 MLだった時に出て来たもので,もし帰還カプセルを回収する際に米国ユタ州で支援して貰えるならば,その見返りとして,ということだったんです.ところがその後探査対象が1998 SF36に変わったために,ユタ州でカプセルを回収することは無くなりそうです.さらにローバーもNASA側からキャンセルされてしまったために,どちらのバーターも宙に浮いてしまいました.但し,既に話がまとまっていたバーターを相手が引っ込めたからといって,こっちも引っ込めるようなつまらないことをしてもしょうがありません(笑).探査対象を変えたのは宇宙研側の都合ですから,元々言っていた採取試料の10%は寛大にそのまま渡して,双方納得してもらえれば良いんだと思っています.

嘗て,火星探査機「のぞみ」に公募した27万人分の直筆のネームプレートを搭載したように,MUSES-Cでも一般向けのアウトリーチ活動の計画としては何か予定しているのでしょうか?例えば探査機に付ける名前を募集するとか,探査対象の天体に名前を付けるとか?
探査対象に名前をつけるのはこちらから提案してどうこうと言うのはなかなか難しいですよね.それは命名権者がある訳ですから.探査機の名前はこれまでの宇宙研の科学衛星同様に公募はするでしょうね.署名を募ろうというのは,現在準備をしています.

地球外から試料を持ち込むということは,アメリカと旧ソ連しか経験の無いことですが,日本での試料の検疫・分析に対しての準備と対応はどのようになっているのでしょうか?
国内での検疫については,まだ具体的な話まで進んでいません.(編集注:検疫問題に関しては,理学側のサンプルリターンチームで検討が進められています)今後,当然話をしていく事になると思います.現在,カプセルを回収する場所はオーストラリアを考えているのですが,その国が下ろして良いと言うことにならなければ先の話は何処にも無い訳です.試料を収めた容器が壊れる場合も想定しなくてはならないのですから,日本よりもまずオーストラリアの方が厳しくなる訳ですよね.そして一旦カプセルが地上に着いてからは,日本国内での安全性に関する懸念はオーストラリア以下のはずですよね.試料容器の気密が守られて入れば,安全性を保ったまま運んで来られますし,逆に容器が壊れて気密が漏れていたら,最初に危険が伴うのは日本ではなく着陸地の国です.そうは言っても,オーストラリアとの話し合いで出てくる懸念は,将来当然日本国内でも出て来るでしょうね.現在私は,オーストラリアも安全だったら日本も安全でしょうという考え方に立っています.回収は2007年ですから,今から申請するという話でもないのですが,時機が来たら説明していくつもりです.

カプセル内で試料を収容している容器は落下の衝撃に耐えるように作られているのですよね?
容器は100G−200Gには耐えるようには作っています.しかし,着地の瞬間に石ころか何かにぶつかって壊れてしまう可能性はありますから,それだけでは気密が守られるという保障にはならないですね.基本的にカプセル自体に冗長性はありませんから,例えばパラシュートが開かないとかワイヤーが絡まる等の理由で,その機能の何処かが失われると試料容器も結局壊れてしまうということはあり得ると思います.
 MUSES-Cの探査目的として,「人類が手にしたことが無い試料を持って来る」という言い方は間違っています.地球には1日数トンもの量の星のかけら(宇宙塵や隕石)が降り注いでいます.つまり,MUSES-Cが地球に持ち帰るものを良く調べてみると,実は既に地球上に落ちて来ている,ありふれた宇宙物質だったりする可能性が十分にある訳で,砂浜の砂だったり石ころだったりする訳ですよ.回収試料そのものに新しい情報があるのではなく,地上から望遠鏡によって見た観測と実際の構成物質との対応を直接付けることこそに最大の目的があるのです.ですから回収試料自身に危険性があるという解釈はどこか違っていると思われる訳です.これは(宇宙検疫問題に関する国際的コンセンサスを作る舞台である)COSPAR(Committee On SPAce Research)宇宙検疫委員会でも指摘されていることです.そこでは「MUSES-Cの採取試料は決して地球上で目新しいもののはずが無い」と,宇宙物質の専門家は一致して主張しています.
もっと歴史を辿れば,その試料に嘗て生命体が存在していた可能性は無いかと言われたら,直ちに否定は出来ないでしょうね.ここで,「ある」なんて言ったら,「そんなものを地球に下ろして来るのか?」と直ちに反論されるかもしれません.しかし,ではそもそも人間が地球にいるのは何故か?と考えれば,実は,地球上の生命自体が地球の外からやって来たものかもしれない.つまり我々自身が地球外生命体の子孫なのかも知れない訳です.現在の地球上に植物や動物という形で生命であるということは,元を正せば小惑星が運んで来たものかも知れないとも言えるのです.現段階でこういうことに結論をつける人は誰もいませんが,50億年に渡って1日数トンの割合で降って来ているものの中に,一切そういうものが無いと断言することは不可能だし,居たと言う証拠は無いけれども居てもおかしくなかったことは事実ですよね.ただ,現在の自然界で宇宙から地球に降って来る質量のフラックス(流量)が1日数トンであるのに対してリスクは無限小に近い確率であると考えるべきでしょう.つまり,MUSES-Cの回収試料も,自然界で起こる危険性を決して増やしている訳では無いということですね.

探査機が試料を地球に持ち帰った後に,何らかの延長ミッションはあるのでしょうか?
それはあるかもしれませんよね.地球帰還時にカプセルをうまく切り離せれば,その後も継続して探査機のみの飛行計画は作れるでしょうね.但し,使える燃料はそれまでに殆ど無くなっているかもしれません.

燃料が殆ど無くなっているというのは,やはりエンジンは計画に合わせて設計されているからでしょうか?
マージンはかなりあるので,順調に行けば相当の燃料を残して帰って来ますから,その後,別の天体へ行くということはもちろん可能です.しかし,現段階では延長ミッションの事はまだ検討していません.

宇宙3機関(ISAS,NASDA,NAL)の統合の話にも関係してくるのですが,MUSES-Cは打ち上げ時には宇宙研という組織で運用して,帰ってくる時には統合された機関で運用することになりますね.その辺りの準備は整っているのでしょうか?
統合は全然関係無いと思いますよ.ミッションの運用には何の影響も与えないと思いますね.

■ポストMUSES-Cに関して■
「ポストMUSES-C」,つまり次世代の小天体探査計画について伺います.MUSES-Cでは小惑星から試料を持ち帰る技術の構築が目的の1つだと言われています.という事は,今後の日本の探査の方向として,小惑星からのサンプルリターンミッションが中心になって行くのでしょうか?
宇宙研の太陽系探査の筋書きでは,MUSES-Cのような探査をもう2,3回行ったらどうかということになっています.小惑星の主立ったスペクトル型にそれぞれサンプルリターンを実施すれば,既に1万個以上発見されている小惑星の殆どをカバー出来るでしょう.そうした探査は当然科学的にも意味がある訳です.MUSES-Cと同じタイプの探査機で行く事が出来ればコストも非常に安くなるでしょうからね,やるべきなのではないかと思います.
一方で,MUSES-Cタイプ以外の探査の仕方もあるでしょうね.今回は1度のミッションで1つの小惑星にしか行かないですが,ポストMUSES-Cでは多数個の小惑星に行くとか,行き先も近地球型小惑星ではなくメインベルトの小惑星という事もあり得ると思うのですけど,それは全てバリエーションの問題ですよね.何れにしても,電気推進(イオンエンジン)を使ったサンプルリターンが有力になって行くのだと思います.まあ,現段階で世界中が注目しているのは,まずはMUSES-C計画が本当にうまく行くのかどうかでしょうね(笑).

MUSES-C探査がうまく行った場合,今後は日本だけではなくNASAやESAでも小惑星探査が盛んに行われていく事になると思うのですが,探査する小惑星が重複することもあると思います.そうした場合は共同でミッションを行うのでしょうか,あるいは重複しないように調整していくのでしょうか?
重複するのは避けたほうが良いのでしょうけね.まあ,それは大丈夫なんじゃないですか.協力関係を考えていくのは問題ないので,その調整に困ることは無いと思います.

川口先生はこのミッションのプロジェクトマネージャでいらっしゃると伺っています.このような理工学が協力し合うミッションを取りまとめていく上で,今回の御経験から学んだ事としては,どのようなことが挙げられますか?
宇宙研では理工学が一緒に進めるミッションはいっぱいありまして,取り分けMUSES-Cだけが理工学という事にはなっていないですね.但し,MUSES-Cは“工学ミッション”なので,こういう言い方は失礼かもしれませんが,“理学ミッション”のように,1つの探査機に理学観測機器がたくさん載って,たくさんの人が参加しているような研究者の一大コミュニティーを背負っている訳ではありません.実際のところ,日本ではまだ固体惑星科学自体がそれほど大きな人口を抱えている訳ではありませんので,どうしても層が薄いですよね.ですから研究者の大人口を抱えているような他の宇宙科学衛星と比べると随分勝手が違いますよね.そういう点では,理学をやっているよりはむしろ工学をやっているような感じだと思います.

宇宙3機関の統合が進んでいくと,今後の探査ミッションは統合された機関で行い,民間企業や大学もどんどん参加して探査計画が進められていくことになるのでしょうか?
今までもミッションへの参加に,何ら制限していた事は無いと思うんですけど(笑).新機関になったら何か抜本的に別の組織が出来る,という事は無いですね.当面はあまり変わらないと思います.もちろんどういう組織の人がどのような形で参加しようと,それはいつでも歓迎されべきですよね.

最後に,惑星探査を志す学生にメッセージをお願いします.
コンテストをやってみたらどうでしょうね?アイディアを出し合う,探査コンテストなんてやってみたら面白いでしょうね.理学観測の意義が多少薄くても許されるんじゃないでしょうか?宇宙研の中で新しい探査をやるといった時には,理学的意義が無いといったら通らない話なんですよ(笑).

あとがき
 先ず,今回このような機会を提供して下さった関係者の方々に深く感謝したいと思います.インタビューということで,一体どんな感じで進めていけば良いのだろう?アナウンサーがテレビでインタビューをしているのは良く見かけるけど,いざ自分がやるとなると・・・.はて?あれこれ考え込んでしまいましたが,終わってみると自分が考えていたよりもうまく出来たかな??とホッと一息をついています.
 正直に言いますと,事前にMUSES-C計画に関しては,世界初の小惑星サンプルリターンが行われる計画が存在するという事を知っていた程度で,詳しいことはあまり良く分かっていませんでした.今回このインタビューを通して,MUSES-C計画・探査機についてまずは自分で文献やWebを通して調べ,そして川口先生に計画当初,途中,現状,今後の意気込みといった数々のお話を伺い,自分にとってはより一層身近な探査計画になったと思います.この記事を読まれた方にも,MUSES-Cのことがより一層身近なものになってくれると良いのですが.なんだか打ち上げが待ち遠しいです.これはハイリスク・ハイリターンのミッションで,打ち上げ後も様々な御苦労があると思いますが,ミッションの完全な成功を祈っています.
 私は現在,辺境の大学で航空宇宙工学を学んでいます.川口先生とのインタビューを通して,惑星探査を支える工学(特に軌道設計,推進機関,等)についてのお話を伺い,そして現在自分たちが進めている研究に関しても,“自分たちは惑星探査の研究で最先端に居られる人たちと比較して,どのくらいの段階に居るのだろう?”と考えされられる事もあって,自分にとっては今後の研究を進めていく上で非常に勉強になりました.
 最後に,私の拙いインタビューに快く応じてくださった川口先生,このような場を提供して下さった将来計画委員会・惑星探査検討グループの皆様,御協力頂いた矢野さん,そして,遊星人編集部の皆様に深く感謝いたします.

図2. MUSES-C探査機 FM(フライトモデル)
左:姿勢系総合試験前に姿を現したMUSES-C本体(‘02/01/31)
右:試験のため,探査機に組み込まれる直前のホッピングローバ「MINERVA」(‘02/02/01)
いずれも宇宙研内クリーンルームにて撮影 (ISAS提供)

人物紹介
川口淳一郎:宇宙科学研究所 システム 軌道工学部門 教授.航空宇宙工学,システム制御工学が御専門.アストロダイナミクス,姿勢・軌道制御,軌道力学,航法・軌道決定論,惑星探査ミッション解析等を研究され,宇宙研ではM-V ロケットの姿勢・誘導も担当されている.現在,MUSES-C 探査機による,世界初の小惑星サンプルリターン計画を担当.またイオンエンジン,ソーラーセールなどを用いた次世代型惑星間飛行方法に関しても惑星探査ミッションを計画されている.

中谷淳:室蘭工業大学 大学院工学研究科 博士後期課程 生産情報システム工学専攻 在籍.惑星間飛行経路や木星大気エアロブレーキなどの研究から,エウロパ探査ミッションのフィージビリティー検討などを行っている期待の新人.軌道設計系の人材が日本では非常に少ないこともあり,今後の活躍には理学側からも熱い視線が注がれている.


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