惑星科学のすすめ

『東大新報』1998~
ブラウン大学地球・環境・惑星科学科上席研究員 - 廣井孝弘

  • Jan. 25 2016

Image : JPL/NASA - Bull's-eye Moons

[序章]

ここ 10 年くらいにかけて、日本では惑星科学関係の学科が増えたり、宇宙飛行士達が宇宙での活動をしたり、月・火星・小惑星などに人工衛星を送るなどどいう、日本史上始まって以来の惑星科学ブームにありました。この期間に日本の惑星科学は飛躍的発展を遂げ、惑星科学で世界のトップを行くアメリカの水準に近づいて来たと思われます。
筆者は東京大学基礎科学科で相対性理論・量子力学・太陽系生成論・結晶学などを学び、大学院では隕石の鉱物学と分光学に手掛けて、小惑星の鉱物組成と起源について研究して来ました。8 年以上前にアメリカに渡ってからは、ブラウン大学や NASA ジョンソン宇宙センターで、小惑星と隕石との深い関連性の研究や、その手段となる惑星表砂の反射分光理論などを極め、現在はブラウン大学で研究する傍ら、日本の月ミッションにおける分光カメラの計画や NASA の研究者との共同研究にも貢献しています。
この連載(*1)では、学生の皆さんに惑星科学の一端を紹介してそのおもしろさをわかってもらう一方で、アメリカの惑星科学と比較して日本の惑星科学界に存在する問題点にも触れることによって、研究者の皆さんには日本の惑星科学の将来に対して良く考え直す機会としてみたく思います。大体の内容としては以下のように予定しています。

[1 章]惑星科学とは何か?
\惑星科学は色々な惑星について研究することを主としますが、結局もっとも面白く重要な惑星は、我々の地球です。その事をも考慮しながら、惑星科学の目的について考える題材として、現在の惑星科学の諸研究分野をざっと振り返ってみて、天文学や地球科学との関係に触れます。惑星科学の未来についても考えてみたく思います。

[2 章]太陽系生成論の歴史
太陽系の惑星群の起源を物理的・力学的に取り組んできた太陽系生成論の歴史について簡単に述べ、その現状と問題点から、より実際の惑星の観察や物質の研究に基づいた、より化学的・鉱物学的な太陽系生成論への転換の必要性を説きます。

[3 章]1969年:惑星科学の夜明け
惑星科学で非常に重要な出来事が多く起こった1969年について解説します。三つの出来事を簡単に列挙すると、アポロ11号による月試料の回収・南極隕石の発見・アエンデ隕石の落下です。特に南極隕石の発見は日本によってなされました。

[4 章]隕石と小惑星の謎
大部分の隕石は小惑星から来たと考えられ、太陽系の起源の秘密を説く鍵と信じられていますが、各々の隕石がどこの小惑星から来たのかとか、隕石が本当に小惑星帯の物質を平均的にサンプリングしているのかとか、望遠鏡による小惑星の組成研究がどれだけ信用できるのかなどの問題がまだ多くあります。特に、隕石の 90 % 以上を占める普通コンドライトが小惑星帯に少ないように見えることと、小惑星帯に多い S 型小惑星物質が隕石中に少ないことが、歴史的に大きな問題となっており、ここではその答えを模索します。このテーマは筆者の専門分野であるので、やや長く数回に渡るかもしれません。

[5 章]地球のおかれた環境からみた人類の起源と未来
地球は非常に特殊な惑星であり、その月の大きさと力学的・鉱物学的特性も特殊です。そして火星は、月や小惑星と同じく、火星隕石として物質研究が出来る対象で、小惑星帯に隣接する重要な惑星でもあります。近年、火星隕石中にバクテリアの化石を見つけたという NASA の研究者の報告などにより、生命の起源と惑星科学が注目を浴びました。惑星科学から見た地球人類の起源について、筆者なりのユニークな解説を試みたいと思います。NASA や日本の惑星探査ミッションも含めて月と火星に進出する人類の未来についても思いをはせたいと思います。

[6 章]日本の惑星科学の将来
筆者個人の経験と考えに基づく日本の惑星科学界の現状と将来の方向性についての随筆です。


[1 章]惑星科学とは何か?

1 - 1. 惑星科学の変遷
「惑星科学」という言葉は、最近は日本でも大学の学科名にも現れたりして馴染みのあるものになってきたと思われるが、私が東大にいた頃はそんな状況にはなく、目新しい境界分野と思われていたと思う。「惑星」という言葉から察するように、天文学や地球物理学の一部として、様々な惑星・月・小惑星といった天体を主に観測して力学的に研究しようというのが起源ではないかと思う。

ところが、1970年代から盛んに月試料や南極隕石の研究が世界的に行われ、月・火星・小惑星からの物質を直接調べることによって惑星科学ができる時代になってきた。そうなると、天文・地球物理関係のみでなく、隕石学者・岩石鉱物学者の出番となり、地学全般が関わるようになってきた。

1980年代以降は、望遠鏡による分光観測や様々な人工衛星による探査によって、惑星の組成や状態を調べられるようになってきた。とくに、分光観測は望遠鏡でできる安価な手法であり、惑星・衛星・小惑星の表面の反射率を波長に対してグラフ(反射スペクトル)にし、月試料・隕石・純粋鉱物などにも同様な測定をして比べることができる。それにより、隕石がどこから来たかとか、遠い天体表面の鉱物組成を推定する事ができるようになった。そこは分光学者の出番である。

更に近年、NASA のデーヴィッド・マッケイ博士らが火星から来た隕石である ALH84001 にミクロなバクテリアの化石らしい物が見つかったというので世間を騒がし、我々は火星で生まれた生物が進化した火星人かもしれないとまでいわれた。そのような古生物に関する学問は地球の岩石に対しては存在したわけだが、隕石によって他の惑星の古生物を研究するというのは新しい。さらには、以前には要求されなかったミクロの分析技術や火星隕石に本来あった有機物と地球環境から入り込んだ有機物との区別とかの非常に高度な測定技術と考察が必要になって、地球の古い岩石中の生物の痕跡を研究するのにも貢献したと思われる。この分野は「惑星生物学」とか「宇宙生物学」とも呼ばれ、古生物学・生物学・有機化学・鉱物学者などを巻き込んでいる。

その火星の生命の可能性に刺激されて、他に水が存在する天体に興味が行き、木星の衛星であるエウロパの地下にあると思われる水の海を探ろうと、ガリレオ人工衛星が特別ミッションを行ったり、エウロパミッションというのが計画された。海ということなら、今後海洋学者も惑星科学に手をつけられるようになる。なお、木星の衛星は非常にバラエティーに富んでいて、氷に覆われた衛星があると思えば、イオのように活発な火山がある衛星もあり、木星系がミニ太陽系ともいわれている所以である。一方、月の海も溶岩流によって出来たと考えられていて、火山学者もイオおよび月の海の研究に手がけられる事になる。

現在は、惑星表面で起こっている衝突現象や宇宙風化作用を実験室で再現したり、太陽系の初期に原始的な隕石の類の物質ができた過程を再現しようというような「実験惑星科学」も盛んになってきていて、非平衡を扱った物理学との接点も見えてきている。更に言えば、人工衛星を設計・打ち上げして太陽系内の天体の探査に行くのも「探査惑星科学」と言える。そこでは最適の軌道を決めるのみでなく、新しいセンサーを開発したり、その天体での試料採集をするロボット技術の開発するとかの工学的要素が多大に入ってくる。それは宇宙工学とも言えそうだが、最先端の研究では惑星科学者が手がけている場合が多い。

1 - 2. 惑星科学と天文学・地球科学との関係
それでは、以上のように発展してきた惑星科学が、天文学および地球科学とどういう関係にあるのかを考えてみようと思う。

天文学というのは、本来空に見える物をすべて研究してきたような学問であり、地球が惑星の一つであるという認識以前から存在し得たわけである。ところが、ガリレオが望遠鏡で木星の衛星群(ガリレオ衛星)をみつけたりした頃から、地球も太陽を回る衛星の一つに過ぎないという認識に客観的な実例ができたと思われる(もちろんコペルニクス・ケプラー・ニュートンの貢献はあったが)。そのあたりから惑星の科学は存在したわけで、現在でもアメリカ天文学会の一部として惑星科学会があり、惑星天文学という言葉が存在する。その当時は望遠鏡で可視光の観測をする事と軌道などの計算をする事が主であり、分光で物質同定をしたり、探査衛星を送ったり、試料を取って持ちかえるなどという事はなく、天文学の一部として何の抵抗もなかったと思われる。

一方、地球科学では地球の岩石・大気・海などを扱ってきて、地球の環境に特殊化した形で学問を行ってきたが、隕石や月の試料といったその範疇に入らない物が増えてきて、地球科学的手法に新たな挑戦が起こったと思われる。例えば、月も隕石のもとである小惑星も普通は重力は比較的小さく空気も水もないため、生成される鉱物の種類や組成が違う。それによって、地球科学的基本原理は使えても、適用の仕方が違い、また日常の経験からより遠い物なので理論的なシミュレーションによる研究が不可欠になってきた。それゆえ、惑星科学は地球科学の応用とも考えられる。一方では、地球も惑星の一つであるので、惑星科学的な研究から惑星としての地球を研究する事ができる。とくに、地球がいかに太陽系星雲から生成したかを知る事は、地球科学で扱う研究における基本的な初期条件を与える上で参考になりうる。

以上から分かるように、惑星科学は天文学と地球科学との接点として境界領域であったが、今やそれ自体が大きな分野として発展したと考えられる。

1 - 3. 惑星科学の目的
以上に説明したように、天文学の一分野に過ぎなかった惑星の科学が、地球科学と密接なつながりを持ちながらも、それらとは違う独自の発展を遂げて今日の惑星科学となった。地球科学と同様に固相・液相・気相のすべてを扱い、物理学・化学・生物学や工学にも関係する。いわば全ての科学が太陽系全体の舞台に広がったようなものである。更には、冥王星の外側ではるか遠いの軌道を回る天体群を観測したり、太陽系が出来る前から存在した粒子の生き残りを隕石中から見つけ出してその起源となる超新星の核融合過程を推測したり、他の星の周りの太陽系を観測したりと、太陽系の外へと惑星科学の対象は広がりつつある。

それでは、惑星科学の究極目的とは何であろうか?そんな物はないんだと言われればそれまでだが、私としては、どの科学にも究極目的があり、それは科学全体の目的と合致すると思う。NASA の局長であるダニエル・ゴールデン氏は、NASA の惑星科学の長期的目標として、太陽系の外はるかかなたまででも行って探査できる人工衛星を作ることと、他の恒星の周りの惑星系に地球型の惑星と生命を見つけるという、一頃の SF に近い構想を出している。そこには、地球型惑星の生命の存在に対する古くからの歴史的問いかけがあると思われる。それは、「我々人類はこの宇宙で孤独な存在なのか?それともどこかに同類の生命はいないのだろうか?」という地球外知的生命体の有無に関するものである。

もし知的生命がいると分かったら人類始まって以来の大発見であり、惑星科学の最大の貢献であるとなるであろう。原始的生命はいたが知的生命はいなかったとしてもそれは非常に大きな発見である。地球型の惑星は見つかったが生命は見つからなかったとしたら、地球型惑星はこの宇宙に多く存在するであろうということになり、人類の第二の故郷となりうる惑星があることになる。

それでは、地球型惑星も生命も何も見つからなかったらどうであろうか。見つからないから存在しないとはいえないが、それを目的に永遠に続けるのは妥当であろうかが疑問である。わたしは、それも十分に意味のある結果だと思う。なぜなら、この宇宙に地球型の惑星も生命も存在しなければ、我々人類が唯一の生命体であり、この地球が我々が存在できる唯一の場所である。それゆえ、我々が自滅すれば全宇宙から知的生命体がいなくなり、大宇宙の自然を鑑賞する者も研究する者ものもいなくなる。そしてそのような存在を宇宙に残すためには、50 億年ぐらいたって太陽がその末期に近づいて地球が熱くなりすぎた時には、人類は火星を地球環境化(テラフォーミング)するかスペースコローニーを作るかする必要があり、最終的に太陽が死滅する前には、太陽系から逃げ出して他の太陽系に行ったり、人工太陽を作る必要がある。

このような、哲学的・価値論的な側面は難しく遠い目標だが、やはり惑星科学においても究極的には面白い内容であると私は思う。それがはっきりするまでは、とにかく地球はかけがえのない惑星であり、人類にはそれを守って生存する責任があると思ったほうが安全であろう。

2 章 - 太陽系生成論の歴史