ソーラー電力セイルによる科学観測の概要

  • Jan. 21 2016

Dec. 2003 第25回太陽系科学シンポジウム発表論文
矢野創、臼井文彦、笠羽康正、長谷川直、松浦周二(JAXA/ISAS)、米徳大輔(金沢大学)、ソーラー電力セイルワーキンググループ - 所属は総て当時

1. ソーラー電力セイルを使った科学観測の特徴

1 - 1. 「黄道面内移動観測」のユニークな機会
将来の外惑星探査の技術習得のために2010年頃の打上げを目指す、ISASの新しい工学試験宇宙機候補「ソーラー電力セイル」ミッションでは、(1)クルージング期間を活用した分野横断的な研究と、(2)「次の次」の惑星探査・天文観測につながるパスファインダー的な研究を検討した。その結果、本案では従来の日本の惑星探査に見られないような、多岐にわたる研究分野からの観測装置の相乗りを提唱することになった。その中には、相互に関連した科学目的を持ったり、観測機器を共通化したりするケースもあれば、独立で成立する世界第一級の科学目標を持つが、単独目標としては木星領域まで行く宇宙機を用意しづらい小型ミッションであるケースもある。 こうした状況は、過去の「さきがけ、すいせい」「のぞみ」「はやぶさ」のような目標天体と科学テーマが良く絞り込まれた「ワンテーマミッション」よりもむしろ、赤外線望遠鏡、大展開構造物、電気推進エンジンなどの宇宙実証実験・観測が相乗りして、「次の次のミッション」、すなわち現在のはやぶさ、Astro - F、そして本ソーラー電力セイルなどの科学衛星実現の礎となった、日本初の回収型地球周回衛星「SFU」に近いといえるだろう。

1 - 2. クルージングサイエンスの最大活用
過去の ISAS の惑星探査ミッションでは、探査天体に到着してから稼動する計測機器が、その科学観測の大半を占めていた。しかし火星探査機「のぞみ」の教訓にあるように、こうしたミッション設計における理学的成果は、万一目標天体へ到達できなかった場合、惑星間空間でも稼動していたダスト計測器などいくつかの機器を除いて、激減してしまう。本ミッション案では、最終目的地到達まで 5 年以上の期間がかかる。そこで本ミッションでの搭載機器には、木星やトロヤ群小惑星などの目標天体近傍の観測用だけでなく、長いクルージング期間における 1 AU から最大 5.2 AU までの日心距離の関数として変化する物理量の連続モニター(例えば、太陽風、磁場、太陽系ダストの衝突フラックスや組成、黄道光強度など)に適した装置を設計初期から組み込んでおき、打上げ直後から科学データ、長い運用期間から科学的成果を最大限に引き出すことを、念頭に置いた。

また、クルージング期間の長さに加えて、木星公転軌道という日本の探査機では未踏の遠方まで行くことから、本ミッションでは太陽系におけるその位置上の利点を活かしたサイエンス(例えば、黄道光フリーの赤外線天文観測や長い基線を持ったガンマ線バースト源の位置特定など)も、積極的に提案している。

1 - 3. クルージングサイエンスの最大活用
近年小惑星発見数は増加の一途をたどっている。そこで、従来の日本の惑星探査ではさほど注目されていなかったが、欧米の惑星探査では貴重な科学成果を挙げている「フライバイ観測」を、本案では重要視する。具体的には、詳細な軌道計画(相対会合速度、再接近距離、太陽位相角など)を立てることによって、小惑星帯や木星トロヤ群に存在する複数の小惑星にフライバイし、木製到着前後にも固体惑星科学における観測成果を生み出す。ただし、ランデブーによる全球観測を前提にした観測装置と、相対速度の高いまま行き過ぎる天体の観測に適した装置は、必ずしも同じではない。特にカメラでは視野角や積分時間のチューンアップに注意を払う必要がある。従来フライバイは全球観測ができないので科学的成果が低いとされてきたが、例えば撮像カメラを当初から望遠鏡として設計し、ランデブー機よりも遠くから、少なくとも一自転周期よりも前から小惑星を面光源として連続でとらえることで、フライバイでも限定された分解能ながら全球観測が可能にすべきである。

1 - 4. 本案の科学観測検討例
以上から、本ソーラーセイルのレファレンスミッションで行うべき科学目標は、異なるミッションフェーズにおいて、以下の項目に大別できる(図1,2)。それらは単独でも世界第一線の科学を実施できる上に、その多くがJAXA/ISASが定めた中期目標とも合致する。なお本稿では各観測項目の概要を紹介するにとどめ、詳細については本編に同時収録されている各々の論文に譲る。

画像:左から図 1. 宇宙赤外線背景放射の観測結果. 図 2. 背景放射と黄道光との強度比較.

2. 各科学観測提案の概要

2 - 1. 黄道光を排除した宇宙背景放射の赤外観測
宇宙が高温高密度状態から爆発的な膨張をしたと考えるビッグバン宇宙論の根拠とされる 2.7 k 宇宙マイクロ波背景放射(CMB)は、10 万分の 1 という非常に高い精度で一様等方であることが観測的に確かめられている。宇宙がそのような一様な状態から銀河や銀河団のような様々な密度構造を持つ現在の宇宙へどのように進化してきたかを探るのは、天文学・宇宙論の第一義的課題である。特にに遠方の銀河形成以前の小天体や空間的に拡がった天体からの放射は、それらの足し合わせである宇宙背景放射として観測される(図 3)。

ところが地球近傍からの観測では、必然的に黄道光(後述)が前景放射成分としてデータに入り込んでくる。宇宙背景放射の検出には、これらを精度良く差し引く必要がある。黄道光は高黄緯領域ですら全放射強度(空の明るさ)の 8 割を占めるため、モデルフィットなどによる差引きの不定性が宇宙背景放射の観測精度に大きく影響する。中間赤外域(5 - 30 μm)では、さらに遠方の天体からなる背景放射の検出が期待されるため、近赤外域と同様にスペース観測が試みられてきた。しかし、この波長域では惑星間塵の熱放射が桁外れに強く、背景放射成分はモデルの不定性に埋もれてしまい、有為な観測値は得られていない。

以上から、黄道光の影響を 1 AU の 1 % 近くまで抑えられる本ミッションの「ダストフリー天文学観測」案がこの分野のブレイクスルーとなる(図 4)。具体的に本案では、探査機や観測装置の規模を考慮して 1 - 2 μm にピークをもつ宇宙背景放射の赤外超過成分の検出に目標を定めるものとする。ただし、中間赤外(10 μm 程度)までの長波長域での観測可能性もオプションとして残す。宇宙背景放射は非常に微弱なので、観測装置自身からの熱放射や光学系への太陽・地球光のもれこみを極力低くしなければならない。また、高い検出器感度を得るためには、検出器を冷却する必要がある。木星フライバイ軌道では放射冷却が有効に働くため、可視・近赤外域で検出器感度が充分高く熱放射が無視できる温度(T < 100 K)まで装置全体を冷却することが可能である。

画像:左から図 3. 宇宙赤外線背景放射の観測結果. 図 4. 背景放射と黄道光との強度比較.

2 - 2. 太陽系ダスト分布構造の日心距離依存性の解明
「黄道光」とは太陽系の惑星間塵による太陽散乱光である。黄道光の空間構造や時間変化を観測することで、太陽系ダストの起源や進化を解明していくことができる。また近年、系外惑星系や、原始星や主系列星の周囲のダスト円盤が多数発見されてきている。太陽系内ダストの分布構造は、今後発展していく「比較惑星系学」のなかで、惑星系とダスト円盤に関して人類が最も詳細に実測できる「テンプレート」として、極めて重要である。 しかし前節のとおり、地球軌道から望む限り、可視~赤外線領域での宇宙塵の散乱光の寄与が全体の輝度の大部分を占めてしまい、その奥の外縁ダスト円盤の構造は観測できない。これを黄道面内で克服するには、前述のとおり、小惑星帯を超えた木星領域からの観測が必要になる。本案では、観測者自身が小惑星帯の内側から外側へ、惑星間空間を移動しながら黄道光の輝度の変化を連続観測できる。この計測には、前述の宇宙背景放射観測器を用いる。同一の装置の同一データを使って、宇宙背景放射と黄道光スムーズ成分を同時かつ連続に取得することで、ユニークかつ効率的な観測が可能になる。

また、太陽系内のローカルな宇宙塵フラックスは従来、惑星探査機への衝突を直接測定して求められてきた(図 6)。しかし 1 - 5 AU の 3 μm サイズ以上の惑星間ダストのデータは、過去に Pioneer 10 / 11 しか測定しておらず、そのサンプル数も 5 - 10 個足らずである。一方、今回は電力セイルの 2000 m2 もの大面積を活用して、例えばそのわずか 0.5 %(~10 m2)を厚さ数十ミクロンの PVDF 薄膜に置き変えて信号をモニターするだけで、一定サイズ以上の宇宙塵が膜面に衝突貫通する際の電圧変化を測定する「threshold detector」になる。これは、過去最大のダスト計測器よりも二桁多いフラックスを記録できることを意味し、惑星間塵のその場計測の歴史を一新する(図 6)。このように、分光器による黄道光の輝度測定と、宇宙塵計測器による個数分布のその場計測を同時に行うことで、散乱体としての惑星間塵の光学的特性と固体微粒子としての個数密度を直接結びつけることができるようになる。

画像:左から図 5. 惑星間空間におけるこれまでのダストの計測範囲. 図 6. サイズごとのダストの個数分布.

2 - 3. メインベルトおよび木星トロヤ群小惑星のフライバイ観測
「小惑星帯(メインベルト)」では日心距離に応じて主要なスペクトル型小惑星が占める割合が変化することが知られている。最も火星に近い内側に S 型、その外側にC型と続き、木星に近づく外縁ほど、P(X)型・D 型のスペクトルを持つ小惑星の存在度が増えていく。それらは遠方に集中し、有機物に富んだ、最も始原的な小惑星と考えられている。そのため詳細な地上観測をするには暗く、分光観測によるスペクトルもなだらかで、表面状態は未知である。さらに地球上では Tagish Lake 隕石を除けば、明らかなアナログ隕石が発見されていない(図 7)。こうした謎の多い P/D 型小惑星に、フライバイのみであっても史上初めて訪問できれば、これら「最も始原的な小惑星」の進化や、隕石・宇宙塵中で見つかる生命前駆物質や炭素質コンドライトとの関連・相違点、などを解明する手がかりが得られると期待される。

画像:左から図 7. 隕石試料と予想される母天体スペクトル型の関連. 図 8. 水の吸収が検出されないトロヤ群、外縁D型小惑星の連続スペクトル.

「太陽・木星ラグランジュ点」L4 と L5 には、2001年05月時点でそれぞれ 623 個と 421 個もの「トロヤ群」小惑星が確認されている。トロヤ群には D 型小惑星が極めて多い。特に L4 のアキレスは直径 120 km 超の巨大な小惑星であり、フライバイによる遠距離観測による表面状態や地形の解明だけでなく、画像と軌道測距によるバルク密度の推定などで、十分に成果を挙げることができる。またトロヤ群はその安定した軌道位置から、木星の氷衛星のように太陽に一度もあぶられずに誕生・成長したとする仮説があるが、その表面スペクトルからは水の吸収が発見されていない(図 8)。そこでバルク密度を推定できれば、内部に氷のような低密度の素材が詰まっているのか、直接検証できる。なお、現在までの軌道解析では、現時点のミッション検討では「延長ミッション」という位置づけながら、トロヤ群 L4 点の複数の小惑星にフライバイ可能な軌道計画は多数成立しており、ΔV による選択の自由度がある。

2 - 4. 惑星間ネットワークを用いたガンマ線バーストの精密位置決定と偏光観測
ガンマ線バースト (GRB) は 1 回の現象で 1051 erg のエネルギーをガンマ線放射だけで解放する、宇宙最大の爆発現象である。GRB は宇宙遠方で発生するため、初期宇宙をプローブする光源として注目されている。また、宇宙ジェットの解明など、高エネルギー現象の理解につながると考えられる。GRB を解明すべく、現在稼働中の HETE - 2 衛星をはじめ、Swift、GLAST といった GRB 検出衛星が計画されている。しかし、2007年頃打ち上げ予定の GLAST 衛星の方向決定精度は 4 度程度と悪く、惑星間ネットワーク (Inter Planetary Network : IPN) という手法で精度補間する必要がある。

IPN は複数の衛星によって検出される時間差を用いて、GRB の方向を決定する手法である(図 9)。衛星間の距離が離れる程、正確な位置決定ができるため、ソーラーセイルは IPN にとって理想的なミッションであり、木星までのクルージング最中に定常的に運用できる(図 10)。また、我々はコンプトン散乱を利用する事で、IPN とは独立に「ガンマ線偏光観測」を行なうことを考えている。「ガンマ線は電場の振動方向に散乱されやすい」という性質を利用し、散乱の分布から偏光度を測定するものである。偏光観測によって、未だ解明されていない GRB の放射機構を探り、GRB の起源に対する新しいアプローチを試みる。

画像:左から図 9. IPN の原理。複数の衛星間における GRB 検出時間差から到来方向を決定する. 図 10. IPN で決定された位置検出例.

2 - 5. 小型木星極軌道オービタを使った木星電磁圏探査
現在の太陽系プラズマ・大気探査計画では、本格的な木星探査計画は、金星・水星探査計画を受け継ぎ発展させることを軸とし、SCOPE 計画の次のミッションとして、即ち「2010年代後半」の実施を想定している。「木星大探査」は、惑星探査の検討が日本で開始された1970年代以来の宿願である。初の「極軌道・低高度での木星周回探査」によって、未解明の「内部」「極域」「電磁圏」の全貌を探査する。今回の小型木星極軌道オービタでは、その「予備探査」としての技術実証を行い、日本独力での木星探査ミッションの成立性を証明する。

科学的には、本案で「世界初の木星極近傍の直接探査」を実現する。すなわち、木星本体を「近傍」「極軌道」で全球的に観測することで、太陽系最強の磁気天体が引き起こす現象を初探査することを主目標とする。具体的には、(1)木星型「磁気圏-電離圏カップリング」の解明と、(2)太陽系最強の「粒子加速装置」の解明に近づくことを目指す(図 11)。

画像:図 10. 木星の10MeV以上電子の密度分布モデル(左)と小オービタ予定軌道(右)